仕事術

履歴書:「ここは自分の戦場ではない」と確信した出来事

私は社会人1年目で、「ここで戦ったらダメだ!」と痛感した出来事がありました。
今、振り返ってみると貴重な経験をさせて頂きました。

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職場にネットワーク(LAN)が広がった時代

私が新卒で会社に入った頃(1999年)。
それは、職場においてパソコンがネットワークにつながっていく時代でした。
いわゆるLANです。

  • 部署で1台のパソコンを共有から、1人1台へ
  • プリンターやファイルサーバー(NAS)を共有
  • スケジュール共有など、組織活動もパソコンで
  • どのパソコンからでも、インターネットを活用できるように

当時のお客様は、中小企業が中心でした。
数人~数10人くらいの職場でも、1人1台パソコンを配布して、ネットワークにつなぐような時代に入っていました。

その一方で、当時販売されていたパソコンには、必ずしもネットワークに接続するためのインターフェースが搭載されていませんでした。
こういうやつです。

(ネットワークインターフェースカード、略してNIC(ニック)と言います)

ここにLANケーブルをつないで、LANやインターネットを利用できるようにします。
まだWi-Fiが一般利用される前ですから、ネットワークにつなぐにはケーブルが必要でした。

「ここは自分の戦場ではない・・」と直感

そんな時代でしたから、パソコンをネットワークにつなぐための仕事が次々と舞い込んできました。

  • 新しく買ったパソコン
  • 今まで単体で使っていたパソコン

何れもネットワークの口(インターフェース)を持っていないパソコンに、上の写真のような部品を取り付けることで、ネットワークにつながるようにするのでした。

特に今まで使われていたパソコンは大変でした。
オフィスでタバコを吸うのが一般的だった時代です。

パソコンの筐体(箱)を開けると、ホコリやらヤニやらが詰まっています。
まず、それらを掃除するところから始まりました。
今でも覚えているのは、皆で喜んでいった女子大(女子高だったか?)のパソコンが最恐に汚かったことです。余談ですが・・

物理的にNICを取り付けて終わりではありません。
ちゃんとソフトウェア的に、OS(Windows)に認識させて使えるようにする作業が必要でした。
今のパソコンなら、自動で認識して終わりです。

しかし、当時のパソコンは大変でした。
詳細は省きますが、あの手この手を尽くす必要がありました。
それはパソコンのメーカー・機種ごとに違うし、NICのメーカーによっても異なりました。

つまり場数・経験がモノを言う分野です。
いわゆるパソコンオタクの先輩が実力を発揮する分野でした。

私がネットワークエンジニアを目指した理由の1つは、「世界的に標準化が進んでいる分野だから」でした。
学ぶにも効率が良いですし、1回の経験をより多くのシーンに適用させることができる。
しかし、目の前で起きている現実は、そんな標準化からかけ離れた分野でした。

「この仕事は消えていく」という直感

パソコンオタクの先輩が数時間かかって、何とか使えるようにするのを「スゲェ」と思う一方で、非常に冷静に見ている自分がいるのに気づきました。

「あと2~3年もすれば、全てのパソコンにNICが搭載される」
「このノウハウは、近い将来、必要とされなくなる」

直感がそのように訴えました。
LANやインターネットの可能性を信じていたからこそ、NICのないパソコンが残っていく理由はありませんでした。

私は自分の仕事で「手間取りそうだ」と感じたら、すぐに先輩のヘルプを依頼しました。
新人の自分がノウハウを身に着ける頃には、その仕事がなくなっていくことが見えたからです。

実際、数年も経つとNICを搭載しないパソコンは市場から消えました。
パソコンはネットワーク・インターネットを利用することを前提に使われるようになりました。

弱みではなく、強みを活かす

当時、意識していたわけではありませんが・・
メーカーや機種によって打ち手を変えるというのは、私にとっては苦手な分野でした。

大学で物理学科を選んだのは、本質さえ身に着ければ、具体的な事象は説明できることに惹かれたからです。
古典力学はニュートン方程式さえ使えれば、あとは計算で対応できます。
古典電磁気学ならマクスウェル方程式。

私が得意とするのは、本質(原理原則)を抑えた上で、それを個別の現場に適用すること。
今、ドラッカーや人間学を学んでいるのも、原理原則をインストールするためです。
一方、原理原則が存在しないカオスな状態で戦うことは、私の得意分野ではありませんでした。

オマケに手先が不器用な私は、物理的な作業でも苦戦しました。
(よく部品の端っこで指を切りました・・)
正に私が戦ってはいけない戦場だったのです。

このことに気づいてから、「自分が強みを発揮できる分野は何か?」「自分が楽しめるのはどんな仕事か?」を常に意識するようになりました。
その後、私は自分の得意とする分野に集中して経験・スキルを積むように変わっていきました。

この意識は、今に至るまで続いていますし、おそらく仕事をする以上は消えないでしょう。
そういう視点を1年目に与えてくれた当時の職場には、感謝してもし切れません。
今、弱みの克服ばかりに意識が向かっているお客様に対しても、強みに目を向けましょうとお伝えしています。

まとめ
  • 個別最適を都度行う仕事は、自分には向いていないと感じた
  • 市場から消えていく仕事に、今から注力するのは危険だった
  • 弱みを克服するよりも、自分の強みに集中する意識になった



【編集後記】
週末に自転車(バイク)のレースに参加してきました。
掛かった時間はフルマラソンと同じくらいですが、やはりバイクの方が身体へのダメージは少ないです。


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渋屋 隆一
プロフィール
マーケティングとIT、そしてデータを使った「売れ続ける仕組みづくり」「業務改善」が得意。コンサルティングや研修・セミナーで中小企業の経営支援をしています。元IT企業でエンジニア→マーケティング。中小企業診断士。
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