人間学

仁義礼智信と中庸

人間として土台となる学びを少しずつ続けています。
数年やそこらで身になるものではないでしょうが、備忘のためにブログ記事にも残しておきます。
(と言うより、「人間学」のカテゴリーをつくったまま放置されていたのを思い出しました・・汗)

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五常・五徳

先日、良い文章に出会いました。

中庸の徳

仁に過ぐれば弱くなる。
義に過ぐれば固くなる。
礼に過ぐれば諂い(へつらい)となる。
智に過ぐれば嘘をつく。
信に過ぐれば損をする。

もう読んだままですね。
私などが追加でコメントすることなどなく、「確かにそうだよなぁ~」と思うのです。

仁・義・礼・智・信は、いわゆる五常・五徳です。

仁は、人を思いやること、愛すること。
義は、なすべきことをなすこと、正義。
礼は、仁のを具体的な行動として示したもの。
智は、道理を良く知り得ている人。知識。
信は、友情や誠実。

どれも少しずつでも積み上げたいものです。
私などは不惑を超えているにも関わらず、恥ずかしながら精神はまだまだ未熟。
毎日のように、これらが足りないと反省しています。

過ぎたるは猶及ばざるが如し

それでも、どんなものに対しても、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と言います。

私の場合は、幼い頃から
「義に過ぐれば固くなる。」
の一面がありました。

誰かがやるべきことをやってないと、すぐにイラっとすることが多いのです。

例えば、小学校付近の交差点で赤信号に変わっているのに、加速して通り過ぎようとする車に対しては「危ねぇな!!」
今どき歩きタバコでフラフラ歩いている人に対しては「臭いものを撒き散らすな!!」

残念ながらすぐにイラっとしてしまいます。
(レベルが低くてすみません。。)
その後に反面教師にしようとか、上手く言い聞かせて気持ちを落ち着かせるのですが。

「義」は自分に向けた方が良くて、他人にそれを強いた途端に固くなってしまうんでしょうね。

五常・五徳ですら、過ぎたるは猶及ばざるが如し。
どこからが「過ぎたる」なのか?
何のための五常・五徳なのか?
感性を大切にして、感じ取れるようにしておきたいものです。

中庸

あらゆるものには二面性があります。
冒頭の文章の通り、五常・五徳と呼ばれるようなものですら。

だからこそ、あらゆるものに対して「陰と陽」があることを認識する。

  • 今は「不足」なのか?「過剰」なのか?
  • 陽だけでなく、陰を意識しているか?

それを踏まえて、自分が今、中庸を歩んでいるかどうか?を常に意識したいですね。



【編集後記】
今日は、新年初めてのトレイルランニングに行ってきました。
ずっと曇り空でしたが、富士山はしっかり拝むことができました。


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渋屋 隆一
プロフィール
マーケティングとIT、そしてデータを使った「売れ続ける仕組みづくり」「業務改善」が得意。コンサルティングや研修・セミナーで中小企業の経営支援をしています。元IT企業でエンジニア→マーケティング。中小企業診断士。
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